Otia dant vitia. 小人閑居して不善をなす

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語彙と文法

「オーティア・ダント・ウィティア」と読みます。
ōtia は「閑暇」を意味する第2変化名詞 ōtium,-ī n. の複数・主格です。文の主語です。
dant は「与える」を意味する不規則動詞 dō,dare の直説法・能動態・現在、3人称複数です。
vitia は「悪徳」を意味する第2変化名詞 vitium,-ī n. の複数・対格です。
「暇は悪徳を与える」と訳せます。

補足説明

Ōtiaもvitiaもともに語尾は-aです。rosa,-ae f.(バラ)の単数・主格も-aで終わります。動詞dantの形から主語は複数だとわかります。rosaのような第1変化名詞だと複数・主格はrosaeのように-aeの語尾になります。つまり、第1変化名詞の単数・主格が主語になっている可能性は消えます。

語尾が-aで終わり、なおかつ主格になると言えば、中性名詞がその条件を満たします。中性名詞は主格と対格の語尾が同じになり、複数の場合それが-aになるという点が特徴です。

要は、Ōtiaもvitiaも第2変化の中性名詞、複数・主格の可能性があると同時に複数・対格の可能性もあるということです。ラテン語は語順が自由なので、Ōtiaもvitiaもともに主語の可能性があるということになります。片方が主語なら、片方が目的語になります。

よって、上のラテン文は「悪徳は暇を与える」としても文法的には正解です。ただし、「暇は悪徳を与える」のほうが意味が通るので、訳としてふさわしいと考えられます。

暇は悪徳を与える

otia (暇、オーティア)と vitia(悪徳、ウィティア)は発音すると語尾が揃っていて印象に残ります。otia は複数形ですが、単数は otium です。表題の格言は、Otium omnia vitia parit. (暇はあらゆる悪徳を生む)の形でも知られます。

otium の前に否定辞をつけたのが negotium (ネゴーティウム)で、「仕事」という意味になります。英語の negotiation(交渉)の語源です。

表題から「小人閑居して不善をなす」(「礼記」)という言葉を思い出す人もいるでしょう。ラテン語には「暇」を疎んじ勤勉を奨励する格言が少なくありません。

Abi ad formicam, o piger. (蟻の所へ去れ、怠け者よ)
Nihil agendo homines male agere discunt.(何もなさぬことにより人は悪行を学ぶ)
Otium multa mala adolescentes docet. (暇は若者に多くの悪を教える)
Otium ex labore (まず仕事、次に閑暇)

極めつきは次のセネカの言葉でしょう。

otium sine litteris mors est et hominis vivi sepultura. 文字なき閑暇は死、生きた人間の墓場。

もっとも「暇」と言ってもいろいろなレベルがあります。ラテン語には otium cum dignitate (品格を伴う閑暇)という言葉があります。セネカの言葉に当てはめると、otium cum litteris (文字を伴う閑暇)こそ人間として追求すべきものということになるのかもしれません。

実際「学校」を意味する英語の school の語源はギリシア語で「暇」を意味するスコーレーでしたし、ラテン語では「遊び」を意味する ludus が学校を意味しました。哲学の歴史を振り返ると、ギリシアのエピクーロス派の理想としたアタラクシア(平静な心)も otium と無縁ではないでしょう。

otium を「心のゆとり」ととらえ、この言葉を理想郷の代名詞に仕立てたのがウェルギリウスです。ウェルギリウスは『牧歌』の中でアルカディアの世界を特徴づけるキーワードの一つとしてotiumを用いました(続く『農耕詩』においても同様です)。

O Meliboee, deus nobis haec otia fecit.(Ecl.1.6) メリボエウスよ、神が私たちにこの閑暇を与えてくださったのだ。
amat bonus otia Daphnis. (Ecl.5.61) 立派なダプニスは閑暇を愛している。

昨今日本の社会では、「何もしない時間」をポジティブにとらえるのか、それをネガティブに捉えるのか、さまざまに意見が分かれます。同様に古代ローマでも otium(閑暇)を肯定する見方も否定する見方も両方あったと理解することができます。

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この記事を書いた人

ラテン語愛好家。京都大学助手、京都工芸繊維大学助教授を経て、現在学校法人北白川学園理事長。北白川幼稚園園長。私塾「山の学校」代表。FF8その他ラテン語の訳詩、西洋古典文学の翻訳。キケロー「神々の本性について」、プラウトゥス「カシナ」、テレンティウス「兄弟」、ネポス「英雄伝」等。単著に「ローマ人の名言88」(牧野出版)、「しっかり学ぶ初級ラテン語」、「ラテン語を読む─キケロー「スキーピオーの夢」」(ベレ出版)、「お山の幼稚園で育つ」(世界思想社)。

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